擬人化

 最高時速160kmで毎日300km泳ぐマグロは口を開けて泳ぎ、えらを通過する海水に溶けた酸素を常に取り入れて呼吸していて、泳ぎを止めると窒息死するらしい。だから眠りながらも泳ぐ。また一呼吸で3000mもの深海に潜り好物の大王イカを食べる鯨もまたマグロと同じように筋肉内に大量のミオグロビンを含み酸素を貯蔵する事が出来るらしい。どちらの赤身も美味しくて身体によいのは共通の筋肉構造にあると言う。いたずらに脂身を求めるのではなく、寧ろ赤身に着目すべきと学者は薬局に送られてくる情報の中で説いている。  食通でもなく、食い道楽でもない僕は、この文章を読んでマグロや鯨が哀れに思った。ここまでして生きているんだという思いからなのだが。勿論当の本人にはなんでもないことだとは分かる。人は自分の能力にてらして擬人化して考えてしまうから、思い入れを深くしてしまう。単なる魚、単なる海にすむほ乳類と考えてしまえば同情心など起こらない。ただ、泳ぎ続けなければ死んでしまうとか、3000mも潜るなどと聞かされると、その頑張りが哀れに思ってしまう。  到底真似が出来ないことはしないのがいい。そして真似れないこと自体を悔やむ必要もない。誰もが同じ能力を持っていたら、最早能力ではない。こんな息苦しい時代、堂々と手を抜いたり、堂々と人より遅れることが出来るのも、ほとんど才能だ。人より優ることを強いられて、161kmで泳いでも3001m潜っても食卓に上るだけだ。食通をうならせても命を削っては元も子もない。 トロも鯨の肉も滅多に食卓に上らない我が家だから、少しの罪悪感も感じることはなかったが、敢えて二つを希望しないでおこうとは思った。他の魚には気の毒だが、まつわる物語が届くまで犠牲になってもらう。「所詮、何を食べても同じ」くらいの舌の感覚しか持ち合わせていないのだから。