ウイーン少年合唱団

 両極端の経験をした。それも僅か数十分のうちに。 上を向いて歩こうを「田井ーンおばちゃん合唱団」が披露するからと一緒にその男性も飛び入りで練習していた。歌うに連れて他のみんなが我慢できなくて吹き出すほどの音痴だが、それよりも悲惨なのはかなりの歯が抜け落ちているから口笛も吹けない。おまけに痩せて少し姿勢が前傾しているからどう見ても僕よりは年上に見えた。余り深く入り込むと話したくない分野を多く持っていそうだから、ありきたりの会話をしたが、話に躍動感がない。それもそうだろう、恐らく現代を象徴している負の生き方を強いられている人の中の一人だから。「また野宿せにゃあかん」という言葉が飛び出した時、どのくらいの期間そう言った生活を余儀なくされているのか知りたかったので、年齢を尋ねたら僕より15歳も若かった。ああ、多くを失うとこんなに老け込んでしまうのかと驚いた。 もう一方は良い思い込み。逆に僕と同年輩、いやほんの少しだけ年上かなと思っていたのだが、実は10歳以上も年上だった。剣道をやっているから背筋がいつも伸びていて、見るからに足腰がしっかりしている。縁の下の力持ちタイプで、身体を動かすことをいとわない。寧ろ口を動かす方が苦手なのかなと思うが、その方がこちらは信用できる。口の回りの筋肉を動かすだけで多くを得ている人ばかりが目立つが、四肢の大きな筋肉で稼ぐ人は信用できる。そんな人に、あることの意見を聞いてみたくなって話していたのだが、成り行きで年齢の話になって、あまりにも若く見えることでこれ又驚いた。武道で鍛えた肉体と精神が若く姿を変えているのか、あるいは信仰の支えを頂いているのか、持って生まれた遺伝体質か分からないが、寡黙ななかにも自然と漏れる微笑みがすべての可能性を伺わせる。  下手をしたら、二人が同じ世代にだって見えかねない。堅実さで多くを失わなかった人と、何の歯車の狂いか多くを失った人が、20数歳の年齢差をうち消して接近して見える。暮らしぶりでこれほど生命力を保証されたり奪われたりするのかと、現実を目の当たりにして、薬剤師としての感慨も吹っ飛ぶ。誰が悪いのか、誰も悪くないのか、何か間違っていたのか、何も間違っていなかったのか、街は我関せずとただそこにある。