真骨頂

 「今日は無理を言いに来たんだけれど」と言われると自然に構えてしまう。無理と分かっているなら来ないで欲しいのだが、薬局をよく利用してくれる人だから、そうは言っておれない。「聞けるものなら聞くけれど無理は無理よ」と当たり前の言葉を返す。 どんな無理かと思ったら、30年以上前にヤマト薬局で買ったシンナーを処分して欲しいというのだ。紙袋から取りだした瓶には3分の1くらいシンナーが残っていた。お子さんが中学生の時、学生服をペンキで汚して帰ったそうだ。それで当時父がやっていた薬局に行き、シンナーを買ったらしい。「買うときにお父さんに色々聞かれた」と言っていたが、父は真面目な人だったから書類や印鑑などもきっと厳密に求め販売していたに違いない。その血を僕も引いているので、その初老の女性に「よかった、僕も吸うのが無くて困っていたんよ、今日から又吸えるから助かるわ」と言って、快く引き受けた。嘗ても今と同じくらいシンナーの販売に関しては厳しかったと思うが、僕はもう随分前に販売を止めた。薬局が売る必要もなくなったし、いちいち目的や素性を確認するのが面倒だったから。置いてなければ、その傾向のある人と接触することもないから、煩わしくない。田舎だからそんなことをする人はいないが。 マニキュア落としにもなるよ、と教えてあげたがそれをするような年でもないし、もともと極めて地味な方だ。ペンキを塗るようなこともないのと確認しても、もうそんなことはないだろうと言うことだった。「もうこうなったら、二人でラリルか」と、父譲りの厳格さで提案した。この品のある会話こそが栄町ヤマト薬局の真骨頂なのだ。