不快指数

 不器用で有名な僕が珍しく役に立ったことがある。
 数日前、作業着姿の男性が入って来た。最初、まるで場違いなことを言っているように思ったのだが、昔の薬局ならありうる内容だった。もちろん僕の薬局は昔の薬局だから、そしてその男性も僕より少しばかり年上に見えたから昔の薬局目当てにやってきたのだから、考えてみれば的を射ている。
 何かの作業中に壁にマジックで跡をつけてしまったみたいだ。その跡を取りたいらしいのだが、壁が滑らかでなく、凹凸があるみたいだ。慌てていて説明を理解するのがもどかしいほどだったが、僕はあることを思い出した。本来ならシンナーくらいが第一候補に挙がるのだろうが、薬局にシンナーはない。それに代われるとしたらアルコールだ。ただアルコールだけで凹凸がある面のマジックが落ちきるとは思えなかったので、そこで浮かんだのが消しゴムだった。かつて漢方薬のボトルにマジックで書いてあったメモを消さなければならないことがあり、その時に姪が消しゴムで消えますよと助言してくれたのを思い出した。マジックを消しゴムで消すという、まったく発想の圏外のことを言われたので半信半疑でやってみたらきれいに消えたのだ。もうずいぶん前のことなのに鮮明に覚えている。
 何をいまさらと読んで思った方も多いかもしれないが、ちょっとした知識が人の役に立てた経験を共有したいと思った。なぜならその男性は30分後くらいにわざわざ礼を言うために立ち寄ってくれたのだから。こうしたちょっとした心地よい経験は、日常の不快指数を下げてくれる。