昨日の夕方、勉強会から帰ったのだが、家に入ろうとして鍵を持って出なかったことに気がついた。どこか家に入れる所はないかと思案したが、その道の素人には到底出来そうにない。命がけでならなんとか可能なのだろうが、それでもセコムの警報が鳴り響いてしまうだろうから、諦めていつ帰ってくるか分からない妻を待つことにした。  ただ、こんな状況でも時間を有効に使おうと思ってしまう悲しい自分がいていろいろ思案を巡らせた。まず、疲労をとるために車の中で寝ること。これは恐らく僕の骨格系が持たない。次に車の中でギターの練習をすること。でもこれもちょっと狭すぎる。それでは外に出て草むらでギターを弾き唄の練習をすること。これはちょっとキザすぎる。それとまだまだ夕方は寒すぎた。そこで最終的にはウォーキングに決めた。歩いていれば寒くはないし、身体のためにもいい。どのくらい歩き続けていれば妻が帰ってくるのか分からないが、時々家が見える辺りまで帰ってくればいいと思い、海岸の方に歩いていった。  如何に時間を稼ぐかが問題だから、回りをゆっくり眺めながら歩いた。平生素通りしている光景が俄然、存在感を増す。多くの新しい家が山の中腹に建っていて、山の手とでも呼ばれるべき集落を作りつつあった。地元の人が出ていき、都会の人が入ってくる。結局は無い物ねだりなのだ。  港に今まで見たことのないような大きなヨットが係留されていた。おきまりの白色ではなく、ウッディーな感じがそのまま残っていて、坂本龍馬でも乗っていれば似合いそうだった。ヨットと呼ぶより帆船と呼んだ方がぴったり来そうなその船は、隣に係留されている漁船の3隻分くらいの大きさだったからかなりの大きさだ。個人の所有か、企業の所有か分からないが、まるで冨の象徴のように威厳があった。  冨の象徴と言えば、海岸を見下ろし、遠く四国の島までハッキリと肉眼でも眺められるリゾートマンションは、今も入居者が少ない。豪華な造りや、地元の人間でも綺麗だなと思わず声を上げそうな眺望を誇るが、どうも買い手が少ないらしい。そのせいかつい最近1000万円近い値下げをして売りに出されていた。リーマンショックのあおりをもろに受けた格好なのだが、さすがに都会の人もセカンドハウスを持つほどには経済が回復していないのだろう。  また、そのマンションの前、それこそ釣り糸を家から垂らせそうな立地の新築の家は、ずっと買い手を求めていたが、初めて住人を射止めたらしくて、家族連れがリゾート気分を味わっていた。広いベランダで暮れゆく瀬戸内の自慢の夕焼けを眺めていた。絵に描いたような幸せ家族の光景だ。余り見つめると悪いので僕は視線をずらしながらその家の傍を通りすぎた。  思えば僕は牛窓に帰ってきてから時間を止めることが苦手だった。永久に止まっていそうな時間の中で過ごした岐阜の生活からは一変した。いつも何かに追われているように働いた。若かったから何かを追っていたはずなのだが、何も手にしなかったからやはり追われていたのだろう。それは肉体が悲鳴を上げだしても変わらずに、僕の習性に深く入り込んで人生行路の舵は今だ固定されたままだ。面舵も取り舵も浸水した機関室に取り残された油まみれの機関士には荷が重すぎる。  時間をもてあました散歩人のように何度も何度も同じコースを繰り返し歩いた。気温が下がるに連れて心細くなってくる。幾度もなくサギが頭の上を羽音を立てて飛んでいく。帰るところのない同じ境遇に見えたのか。「同情するならカギをくれ」