突風

 出来れば名前を名乗って欲しかった。結局は処方箋を見て経緯が分かった。 こんな処方箋をもらっても作ることが出来るところは滅多にないのではないか。沢山の人の声が電話の向こうから聞こえていたので、病院の職員が電話をかけてきたのだろうが、要件は、保険調剤をしているかどうかを確かめるだけだった。処方箋には漢方生薬の名前が16書いてあった。かろうじて全種類あったが、繁用生薬でない滅多に使われる物でないのも数種類含まれているので、普通の調剤薬局に持っていっても調剤拒否に合うだろう。もっともこんな処方箋をもらったものなら、何処の薬局でも経済的にもお手上げだ。各々仕入れは500㌘だが、使われるのは50㌘くらいで下手をすればその残りを全部捨ててしまうことになるから。その上薬剤師一人を貼り付けて1時間以上はかかるだろうから経営者にとっては大赤字なのだ。薬の手配から始めたらそんな労力ではすまない。この種の事が最近僕の薬局では多い。漢方薬なら一歩譲って仕方ないとも思えるが、ごく普通の処方箋でも見られることがある。門前に薬局を出しているのに、手間のかかる長期の一包化だけは調剤拒否しているのだ。数種類の薬を服用時点ごとに、分包紙にまとめるのだがなかなか時間を要する作業だ。数日分なら簡単だが、最近は3ヶ月分くらい薬が出ることもあるので、その処方箋だけを拒否するのだ。要は損をしてまで調剤しないって事だ。どうやら分業が始まって、薬剤師も経営者も楽に食えるようになったから人に尽くすなんて前時代的な心は育たないらしい。患者に薬について説明するとその都度お金がもらえるから、丁寧すぎるくらい説明はするらしいが、果たしてどのくらい心が添えられているのだろう。  数カ所で調剤を拒否された人が仕方なく田舎に処方箋を持って帰る。顔見知りの人だから、力のない僕たちが最後の砦になる。大きな薬局が最後の砦になるのなら分かるが、順番が逆だ。懸命に薬を集めてなんとか届けるが、田舎の人も最近ドライだから、その時の懸命の努力なんか意に介せずに次回簡単な調剤は又門前薬局でもらって帰る。残されたものは2度と使われない薬達と空虚な心。処方箋調剤以外にはあり得ない人間関係が、僕の薬局でもしばしば目撃されるようになった。一番の自慢の笑い声が溢れる薬局に時折こうした突風が吹く。