サンダル

 やっと分かった。何故みんなが健康相談中に僕の足下に視線を落とすのか。  僕が相談者より高い椅子に座るからほとんどの人は見上げる視線なのだが、何故かこの数ヶ月視線を僕の足下にチラチラと落とす人がいる。そして慌てて元に戻し気まずそうな顔をする。見なくてもいいものを見てしまったというような顔だ。  ある家族がやってきて、小1時間話をした。その後帰路の車中で僕の足下の話題で盛り上がったらしい。そのことを娘から聞いて、他の人も気がついていたのだと分かった。勿論僕は気がついていたが、僕にとっては何ら問題ではなかった。この2年くらい僕が履いているのは冬用のサンダルだから足先にカバーがついている。もっとも僕は1年中同じものを履いているから夏用と言う認識はない。そのカバーが、それも右だけが前面が破れて口を開けているのだ。口を開けたところから裏地が出てきていて、それも破れているから、いわばマッコウクジラが口を開けてオキアミを一気に飲み込む瞬間のように見える。  破れて口が開いているのを知らずに僕が履いていると勘違いした人は、その事を僕に教えてくれるには勇気がいるだろう。どうせ僕だから当然のことだと思う人は、一つの目に入った単なる違和感で終わるだろう。だから僕のことを良く知らない人が一番の被害者かもしれない。知らない振りをすればするほど目に入ってしまうことは良くあることだから、いらぬ気を使わなければならない。  僕にとっては、使える物は最後まで使うというごく当たり前のことだから、全く気にはならないのだけれど、深刻な相談に来た人が破れたサンダルに迎えられたら治るものも治らないだろう。愚痴を一杯こぼして、出来れば涙も流してスッキリして帰りたいのに、あの人で大丈夫かなと不安にかられるだろう。それは余りにも気の毒だ。こうなれば僕も薬剤師の端くれだから、相談に来てくれる人の気が散らないようにしなければならない。その為には、これから仮に視線がそちらの方に行っても違和感がないように、両足のサンダルが同じように口を開けるように左足に体重をかけて歩くことにする。そうすると如何にも夏用の蒸れないサンダルになるだろう。これで来年の夏は越せれる。