実行力

 思わず地図で確認してみた。大きな声で驚きの声を上げてしまったが、何となくきつねにつままれたような感覚は今でもある。 毎月1回、国立病院にかかり、診察を受けたらFAXで処方箋を飛ばしてくる女性がいる。岡山から帰ってくる間に薬を調剤して用意しておけるから彼女は待つ必要がない。忙しいお百姓さんで、車を横付けにして待っているご主人と共に瞬時を惜しむように薬を持って帰る。そんな方が今日は昼の3時過ぎまで薬を取りに来なかった。ようやく取りに来たからどうしたのと尋ねたら、しまなみ海道を渡って、帰りは瀬戸大橋経由で帰ってきたと教えてくれた。なんのことはない、診察が終わってから、広島県愛媛県香川県経由で帰ってきたってことだ。大変な寄り道だと思うのだが、それを僅か6時間で走破してきたのが、「動かずの大和」と言われる僕にとっては驚きだ。4つの県を、それもれっきとした観光コースを6時間で観てこれるものなのだろうか。僕より数歳年上の夫婦なのだが、さすがに農家の方だけあって体力はありそうだが、行ってみようと言う好奇心にまず驚かされる。そしてその実行力。普通の人ってこんなものなのかと自信を無くするが、救急車で帰ってきそうな僕が競り合う必要はないと、簡単に負けは認める。ちなみに、道路がすごくすいていたこと、ET車で安くつくこと、高速道路だから燃費がいいことなども教えてくれたが、僕には全く関係ない情報で、目の前で僕の薬を受け取る人物こそが興味の対象だった。  行動力のある患者さんに対して今日の僕はひどくマイナーだった。今日は娘がいなかったので一人薬剤師で、不吉な予感がしていたとおり処方箋を持ってくる患者さんが多くて、ひたすら作業に追われた。自分の力で病気を治すときの感動は全くない。調剤薬局なら貴重な売り上げなのだろうが、正直疲労感だけが残る。何をして、何の役に立ったのかさっぱり実感できない。地勢的に便利だから持ってきてくれるのだろうが、日本中何処の薬局に持っていっても全く同じくすりをもらうだけ。医師の患者さんで薬局の患者さんではないから、主観では決して話しかけることは出来ない。主観だけで生きてきたような人間にとっては、拷問に近い。決して医師の気に障らないようにと、患者より寧ろ医師に気を使う。  夕方娘が帰ってきたので、途中止めの調剤を全部片づけてもらった。やはり時代には付いていっていないのか、潮時かなと思ったりもするが、いやいや、まだまだ現代医療で救われ損なった人達のお役に立つべきとうぬぼれたりもする。このまま医療の隙間を泳ぐか、遅ればせながらに芸能界に入って「役」の世界を泳ぐか、それが問題だ。