綿菓子

 同じような言葉を、それこそ何十年も前に聞いた。今でこそ衰退して1社も残っていないが、僕が帰ってきた頃はまだ数社の造船所が牛窓にはあった。ある造船所の設計士と知り合ったのだが、彼の仕事ぶりに感嘆した僕に返ってきたのは「船を造るより漢方薬を作る方が難しいよ」と言う謙虚な答えだった。 今日全く同じ言葉を聞いた。僕の訳の分からない要求を、淡々とこなしてくれたその女性の成果にいちいち驚く僕に同じ言葉を返した。僕からしたら、過去の男性も、今日の女性も感嘆に値する実力なのだが、二人とも謙虚なのか、あるいは職業とはその様なものなのか、本人にとっては至極当たり前の感覚でしかないのだろう。  その女性が今日面白いことを言った。パソコンをはじめその種のすべてのものに苦手意識を持っている、いや正確には意識だけでなく実際に苦手だし興味も湧かないのだが、「貴女はコンピューターの知識をどこかで教えてもらったの?僕なんか教えてもらってもさっぱり分からない」と言う僕の質問に彼女は「教えてもらわないと分からないような人はそもそも向いていないんです」と答えたのだ。パソコンを操作しながらぼそっと答えた言葉なのだが、あれっと思うような真実を突いた感があって僕はひどく納得した。ことパソコンだけではなく、何となく他の事象にも通用しそうな定義に思えた。やんわりと慰めてくれた言葉かどうか知らないが、苦手なことを今更克服しなくたってかまわないと僕には聞こえた。何となく、パソコンの話題が出るたびに居心地の悪さを感じていたが、なんだかすっきりした。  この論理を勝手に展開して、英会話が出来ない居心地の悪さもこの際克服してやろうかとも思った。そもそも向いていないんだと。ああ、なんて便利で優しい言葉なのだろう。もうこうなったらこの言葉を連発して、もっともっと力を抜いて綿菓子のように生きていって見ようか。そうすれば箸にも棒にもかからない・・・いや箸にはかかる。