恩恵

軽トラックの後ろに一杯工具を積んでいるから職人さんだろうか。がっちりしているが恐らくもう70才は越えているだろう。目が疲れて目薬が欲しいと言うから色々と質問してみた。眼鏡をかけていないからよく見えるのだろう。かすむようなこともないと言っていた。話の中から白内障の手術を両目、時間をおいてしたことがわかった。手術の前には信号の色も見えずに何時発進して良いか分からなかったそうだ。それが今ではハッキリと見え不自由はないと言っていた。思わず僕は良い時代に生まれたねと言った。医術が発達していない時代なら、白内障の手術が行われていなかった時代なら、その時点で彼は隠居していただろう。  医学の恩恵は計り知れないと思う。皆保険で当たり前のように享受しているが、その陰で看護師さん達が過労死寸前で働いているという。過労死寸前の看護師さんの推計が出ていたが、何かの間違いではないかと思われるような数字だった。全国で2万人の看護師さんが長時間労働でその線上にいるらしい。実際僕も薬局で看護師さんのお世話をする機会が多いが、なるほどよく働いている。不規則な時間、それも長時間の束縛で、心身ともに疲れている人が多い。志が高い職業だがそれだけでは持たない日常が横たわっている。医師と患者の間に位置して、いやいや、家族とも接する機会が多く、気を使い、気を配り懸命に働いている。若さだけで解決できるものではないから、ベテランで歳を重ねた世代でも過酷な勤務をこなしている。  世の中に不必要な職業があるとは思えないが、命を守る職業の人が命を落としそうに働いているのは、どう見ても不自然だ。人間の尊厳に関わる分野に多くの才能が呼び寄せられ、努力に報いる、そんな当たり前のことに偉い人達の気持ちが少しでも向けられることを望む。実は、巨額な一つの無駄で全て解決できる程度の問題なのに。