岡山弁

 ネイティブの英語が話せる女性が泊まっているので、このチャンスを逃さない手はない。日曜日にフィリピンの人達と会うから、ちょっと気取って驚かしてやろうと思う。僕が彼らに話しかけるときは純然たる岡山弁オンリーだから、明日はネイティブイングリッシュで話しかるドッキリを仕掛けてやろうと企てた。ところが昨夜、彼女に教えてもらおうとしたのだが、これが大変だ。そもそも何をいっているのか聞き取れないから、耳でコピーすることは出来ない。何度か口に出して教えてもらうのだが、「何?」「何?」と聞き返すたびに彼女に近づき、最後は耳の不自由な老人のように彼女の口元に僕の耳を近づける始末。これは耳が悪いのではなく頭が悪いのだが、近づけば理解できると思うところがそもそも浅はかだ。 らちがあかないので、ゆっくりと発音をしてもらい、昔と同じようにカタカナで書き取った。「今日は何を唄うの?」と話しかけるのを「waht are you going sing today?」と言うそうだが、どう聞いてもこれを読んでいるようには聞こえない。そこで聞き取れない音を捨てていったら「ワラユー ゴーイン シン トデイ?」になった。このカタカナを読むと彼女が「それらしく聞こえる」と言ってくれた。なんだ、ネイティブとは捨てることかと都合の良い結論を導いて、それ以上は教えてもらうのを止めた。このカタカナの1文以外を明日までに覚える自信はない。 恐らくどの青年も、多くの秘めたる才能を持っていると思う。開花するしないは結果論に過ぎず、硬化した脳みそになにも入る余地がない僕などとは、可能性に関しては雲泥の差だ。僕らが明日を見えないのは仕方がないが、若者が明日を見ないのはもったいない。一人一人の若者のもったいないを集めれば、この夏渇水するであろう早明浦ダムくらい瞬時に満水にすることが出来る。 よし、明日は若者に教えてもらった得意のネガティブイングリッシュでフィリピンの人達を驚かせてやろう。