タイ

 男3人、女性一人のフィリピン人の唄にギターで拙い伴奏をしていた。するとある女性が突然唄の中に入ってきて、ハモってくれた。それまで2月くらい同じ唄を彼らと唄っていたが、まず誰からも誉められたことはない。ところが後で数人に、今日の唄は良かったとか、綺麗な歌声だったとかの誉め言葉を頂いた。その女性は彫りが深くて、フィリピンの人に多い美形だった。いくつもの血が混じっているのだろう。  あるお家でその女性を知っている人に会った。その日の感動が忘れられなくて、その女性の名前を聞き出した。教えて下さった人が「彼女はタイの人」と言った。僕はてっきりフィリピン人で日本人と結婚している女性だと思っていたので「タイの人?」と聞き返した。「そうタイの人」と自信を持って答える。そのハーモニーの綺麗さ、英語の唄にとっさの参加、彫りの深さから、てっきりフィリピン人だと思っていた。「タイの人でもあんなに英語が旨いのかぁ、情けないなあ、僕なんかさっぱりなのに」「タイの人の顔では無いなあ」と未練たらしく僕は呟いた。するとその方が怪訝な顔をして「タイの人よ、○○公園の傍の」「○○公園って、タイにもあるんですか?すごい偶然の一致、日本人が作ったのかなあ」相手はますます怪訝な顔をした。その表情の変化で僕が、又その僕の変化で相手が同時にこの会話の行き違いを理解した。一瞬にして笑いが込み上げてきた。もうほとんど噴火状態で、座ってなんかおれなかった。畳の上に倒れ込んで腹筋を痛めつけながら笑い転げた。笑いの壺から脱出できないままのたうち回っていると、その場にいた数人もやっと真相を理解して笑いの輪に加わった。なんだ、その女性は玉野市の○○公園の傍の田井と言うところに住んでいるのだ。だから最初から「田井、田井」と教えてくれていたのだ。よそ者の僕にとってはそんな字名は頭に浮かばない。聞いたことはあるが所詮「たいはタイ」だ。 たわいもない出来事。たわいもない会話。何もかも吹き飛んで、ただ笑い尽くすのを待つだけ。そんな至福の瞬間が時にある。副交感神経の中にどっぷり浸かり、緊張を全て取り去った緩みっぱなしの瞬間が、僕の薬を飲んでくれている人にも来ますように。