酒焼け

 工業高校を経て土建会社に就職し、その後独立して会社を興した人がいる。どの世界でも良くあることだが。偶然彼が牛窓に仕事の関係で来た時、ヤマト薬局に寄ったことで縁が出来た。見るからに厳つい人で、あごが張って、お腹が出て如何にも活動的。じっとしていることが苦手なタイプだ。煙草は1日80本。コーヒーは1日10杯は飲む。会社も不況にめげず何とか回っているみたいだ。  彼が仕事の関係で立ち寄ったから、コーヒーを作ってあげた。スイッチを押すだけで出来るやつだ。電気屋さんで彼も見ていたらしくて興味を持っていた。デモンストレーション宜しく作ってあげたのを飲みながら美味しいと言っていた。厳つい割にはギターやトランペットをあやつる不釣り合いなセンスを持っているのだが、味にもうるさい。彼にコーヒーを作った後、僕の分も作ろうとしてはたと気が付いた。なんと、彼のコーヒーの元が機械に未使用のまま残っているではないか。と言うことは彼の前の人に出してあげたコーヒーの出がらしみたいなのを彼は飲んでいたことになる。それに気が付いた途端笑いが止まらなくなった。腰が痛くて前傾姿勢がとりにくかったから、膝をついて笑った。涙が出そうなほどおかしかった。偶然居合わせたお客さんにも経緯を話すとその方も笑い転げた。薄いコーヒー色をした「コーヒーみたいなもの」を大事そうに抱えて彼も照れ笑いしていた。久々に涙が出るほど笑わせてもらった。免疫機能が急上昇するのを感じた。「通」もグルメもたいしたことはない。色が同じようで、泡立っていたら分からないのだ。俺はミルクだけでいいと言って、ミルクを入れて飲んでいたから、ミルクの味だけはしていたかもしれない。でも本人はコーヒーを飲んでいたつもりなのだ。  肩肘張らないのがいい。格好付けないのがいい。普通でいい。ごく普通でいい。小さな成功で喜び、小さな失敗で落ち込むのがいい。インスタントコーヒーで1時間話が出来て、インスタントラーメンで1日300円倹約できたらいい。1年に1回涙が出るほど笑えたらいい、1年に1回、涙が出るほど笑わせてあげたらもっといい。薄っぺらな人生でも笑い飛ばして、しなやかに破れないように生きていけたらいい。  ちなみに僕は彼が大好きだ。どこからみても現場の人間にしか見えない風貌でクラシックの先生についてギターを習っている姿など滑稽で想像できない。そんなアンバランスが大好きだ。酒焼けした顔をしているくせにソフトクリームを一杯お土産に持ってくるアンバランスが大好きだ。アンバランスのバランスこそ本当のバランスなのだ。  僕の大切な人達、つらい病気も出来るなら笑いながら治そう。笑いながら絶対治ろう。