天晴れ

 ヤマト薬局の特徴は笑いが絶えない事。僕はいつもそう心がけて来た。実際、病気の人が来てくれる割には笑い声は多い。深刻ぶって病気が治るなら僕はそうするが、やはり人間の体は弛緩こそが治癒への近道だ。まして緊張を強いられ続けている現代人ならなおさらだ。  40年も前から僕を笑わせ続けている人がいる。大学を卒業して2人とも牛窓に帰って来た。そこで何か面白いことをしようと相談し、バレーボールをすることになった。同じくらいの若者を集めて素人バレーを楽しんだが、25年の間、僕達は毎週日曜日の夜、2時間笑い続けた。そしてその笑いの中心には僕と彼がいて、自然に僕が突っ込み、彼がぼけの役をした。チームメートは勿論、ひょっとしたら相手チームまで25年間笑い続けることが出来た。  そんな彼は、年金が入るとあっという間にエタノール入りの飲み物に換える。最近、食事、コーヒー、酒と引き換えにあるお店の手伝いをしている。お金をもらうよりいいのだそうだ。もしバイトでお金が手に入れば、命を養うものより早く競馬や競輪やボートに消える。だから、このシステムがいいのだそうだ。  昨日バスの時刻まで時間があったみたいで、ぶらっと入って来た。コーヒーを飲みながら少し意地悪な質問をしてみた。「〇〇君、貯金あるの?」と。すると彼はすぐに「そんなものあるもんか。年金が入ってきたときは少し増えるけど、あっという間に1000円くらいになる」と答えた。僕は笑いながら、いつか尋ねてみたかった最大の関心ごとをぶつけてみた。「怖くないの?」すると彼は笑いながら「怖いことあるもんか、死んだらすみじゃ。後は知らんわ」と答えた。居直りでもなんでもない、何十年の付き合いで分かる。彼はお金を借りるとき以外は嘘をつかない。  そう怖くないんだ。だからいつもお金がなくなるまで酒を飲みタバコを吸う。普通ならいくばくかを貯金に回していざと言うときのために備えておきそうだが、彼にはそうした心配がそもそもないのだ。数年先の不幸より、今日のエタノールのほうが関心ごとなのだ。  天晴れと言うしかない。その度胸は僕にはない。そうした生き方はひょっとしたら楽しいのかもしれない。世間的に見れば負け組みのごとき暮らし方だが、本人に自覚がなければ、むしろ失うことを恐れて毎日おびえるように暮らしている人間のほうが哀れに映るかもしれない。  今日エタノール入り飲み物を飲んでいないと、明日飲めるかどうか分からない。患って逝くことを前提としない楽観も又天晴れだ。