反対運動

 この高さ、この幅。この田舎町にはこのくらい大きな建物はない。もうすぐ完成予定のリゾートホテルが、我が家の犬の散歩コースにできあがりつつある。滅多に散歩に連れて行かないから、傍を通るたびに大きくなる。最初はなんだこのくらいと思っていたが、今では見上げるとその大きさに圧倒される。都会では当たり前の大きさなのだろうが、回りに何もないところでは一際大きく見える。山の中腹の分譲地に越してきた人達が、建設反対運動をしていたが、これだけ大きければさすがに中腹からの海の景色も少し隠してしまうのだろうか。土着の人間は山と海の間の狭い平坦地に暮らしているので、海は見下ろすものでなく、「あるもの」なのだ。だから景色を遮られる不愉快さには疎い。反対運動が盛り上がらなかったのは、視点の相違があったからだと思う。  土着の人間にとって、そこに大きなリゾートホテルが建とうが建つまいが関係ないのだ。もともと船舶関係の大きな会社が引き上げた跡地で、工場があろうが、ホテルがあろうが生活を保障されることもないし、逆に破壊されることもないのだ。ある人は夜明け前に海に船を走らせ、ある人は夜が明けてから畑に出かけ、ある人はラッシュに会わないように早めに車を走らせて岡山の方に働きに出る。  何も変わらないのだ。いつもの繰り返しなのだ。犬と一緒に見上げながら、南海沖地震で逃げ遅れたら、この上に登って津波から逃れようと思った。ただ、それだけのことだ。