劇場

 元々、耳は良くない。何を食べても美味しいように、何を聴いても良い音に聞こえる。もう何十年も、BGMを流して仕事をしているが、流している曲のジャンルによって多々不満は聞こえるが、音質に対してはクレームを聴いたことはない。買い物に来ている間だけのことだから、気になっても気にならないのだろうが、ずっとここに留まっている人間にとっては少し気になるらしい。  娘が大学時代の先輩のラジカセをもらってきた。中古だが見た目には立派そうだ。僕のピンクのラジカセは小さくて数千円だったので、小学生のおもちゃみたいだ。もらったのは、大きくてどう見ても僕のより数段高そうだ。「音が割れる」と言う理由で、娘はその中古と換えてくれるらしい。その音が割れるってのが僕にはそもそも分からないが、気になる人には不快なのだろう。試みにいつも聴いているボレロを流してみた。ボレロは小さい音から次第に大きな音に移っていくのだが、あるところを境に明らかに2つのラジカセの違いが分かった。もらったものは高温が柔らかくなり、低音が響きだしたのだ。ああ、これかと思った。もし僕の耳を基準におくなら明らかによい音だ。もし娘の耳を基準におくなら普通の音だ。もし音楽家の耳を基準におくなら、恐らく聞きづらい音だ。  素人の悲しいところで、本物に限りなく遠いところで暮らしているから、ちょっとしたことでも単純に感激してしまう。芸術、文化、スポーツならいざ知らず、日常のちょとしたことにも感激する。余程基準が低いのだろうと我ながら情けないが、見るもの聴くもののすべてが劇場だと思えば慰められる。