操縦

 田舎の人の親切を実感してくれただろうか。東京から来てくれた女性が娘と一緒に船に乗った。すると船長さんが一瞬だけ船を操縦させてくれたそうだ。1秒だったのか2秒だったのか知らないが、滅多に出来る経験ではない。少し話も出来たみたいで親切さに驚いていた。彼にとっては何でもない日常の一こまなのだろうが、体調不良を克服したくて意を決してきた若い女性にとっては、思い出に残る体験だったと思う。  2週続けて飛行機で過敏性腸症候群の人が訪ねてきてくれた。意外と近いんですねと2人が同じ感想を漏らしていた。新幹線派の僕にとってはその時間と意外と安い運賃は魅力ではあるが、やはり羽がない僕は高いところは苦手だ。今日来た女性には少し牛窓を観光してもらえた。海の色がとてもきれいだったと、山のカフェから帰って感想を言っていた。少し波が高かったそうだが、彼女の日常の波ほど高くはない。抱えている物はうねりとなって襲ってくるのだろう。負けないでと櫓を漕ぐ姿を応援するが、僕の声は風に運ばれて届きはしない。いずれあなたは大都会のすし詰めの中で、自分を殺しながら生き、生かしながら殺す日々に帰っていく。主のいないツバメの巣を見上げ感慨深げに見入っていたあなたは何を考えていたのか。僕はその後ろ姿を見つめながら、いつかあなたが胸を張って、あなたであることを誇りにし、あなただからこその人生を謳歌して欲しいと願っていた。あなたのままで充分。ちょっとだけお腹がおとなしくなってくれればそれでいいではないか。変わらないで、変えないで。