薬局の入り口に大柄な女性が立った。面影は充分残っていたからすぐに思い出した。20年くらい会っていなかった女性だ。息子のピアノを少しの間教えてもらった女性だが、ピアノ教師と言うより、音楽遊び人と言った方が寧ろ当を得ているだろう。当時、薬局の2階では、僕の友人が喫茶店をしていて、彼が音楽をやるものだから、同じような人種が沢山来ていた。おかげで僕も沢山のローカルなミュージシャンと親しくなったが、丁度僕が漢方薬にのめり込む時期でもあった。色々な勉強会に出席して、帰っては彼らに成果を報告していたりしていた。彼女もその中の一人だった。1時間くらい話をして帰ったが、正直未だ名前は思い出せない。ただ、色々なことを話すうちに思い出した。いやな思い出はないからそれはそれでいいのだが、50才を前にして彼女が最近ブルースバンドをやっていると言うから驚いた。ベースギターを買って、ライブにも出ているらしい。元々その種の素質には恵まれているのだろうから、違和感はないのだが、バンドの他の人間がもっと年配だと言うから恐れ入る。みんな心はきっと青年のままなのだ。団塊の世代以降の人達はシミもしわも隠せやしないが、心の中は恐らく少年少女のように音を楽しむセンスを持ち続けているのだろう。ひょっとしたら今だ心にニキビを出しているかもしれない。  彼女は僕にしきりに又唄えって言うけれど、そんな気はさらさら無いし、自分の得手不得手は十分すぎるくらい認識している。嘗て、勢いでやっていたことを今繰り返す度胸はない。又価値も認めない。懸命に日々与えられた問題を解き続けてきたし、これからもそうだろう。それ以外に僕を生かす道など思いつかない。又おいでと言ったが、過去に引き戻さないでとも釘をさしておいた。