薬局で流す音楽のCDが最近めっきり増えた。毎朝電源を入れるときに今日はどの曲を流そうかと迷うほどだ。と言うのは、今期から僕の薬局の担当になったある問屋さんのセー-ルスがとても音楽好きで、CDをコピーしては持ってきてくれる。薬局でジャズを流していることが多かったので、もっぱらジャズのCDを持ってきてくれるが、ベースのリズムが際だつのを僕が好きなのを察し、その系統のを選択して持ってきてくれる。薬の話はほとんどせずに音楽の話をするが、30才の彼の原点はビートルズサイモンとガーファンクルらしい。僕はビートルズの世代より少し後であまり興味はなかったが、サイモンとガーファンクルはまさに同時代だ。当時の巨匠ボブディランのことを話しても彼は知っていた。あの頃の音楽は軽くなく言葉に力があるような感想を言っていた。  彼が昔一緒に音楽をやっていた中の二人が今でも音楽を続けていて、一人はジャズピアニスト、一人はシンガーソングライターを目指しているらしい。なかなかそれで食っていくのは難しいらしいが、それでも10年夢を追いかけている。スポーツ選手の特に大成した選手がしばしば使う言葉に「夢を諦めない」と言うのがある。成功した彼らが口に出すととても説得力がある。少年少女は目を輝かせるだろう。夢は叶うものなのか、破れるものなのかと問われたら、躊躇せず僕は破れるものと答える。いやいや夢など無かったと思う。決して不幸には育ってはいないが、追い求めるものはなかった。平凡を望んだわけでも、波乱を望んだわけでもなく、与えられた課題をこつこつとこなしていただけのような気がする。結局は平凡の中の小さな起伏を喜んだり悲しんだりして生きてきたような気がする。  薬のセールスになって、毎日病院や薬局を回っている彼に、新たな夢があるのかどうか分からない。生活の安定を手に入れた彼には、避けれる不幸がある。いくつもの不幸を回避できる安定を手に入れている。およそ凡人は、少年から青年を経て、やがて大人になるときに、いつか夢を堤防の草むらの中に置き去りにして家路につく日が来るのだろう。