居場所

 田舎の小さな薬局なのに、1日中働いている。4人でやっているが、何故か働きつづけている。昔みたいに、ゆっくりと雑談をしに来てくれる人も今はほとんどいない。外国の人に日本語を教える時間くらいが、嘗てののんびりとした僕の薬局を思い出させる。病院の薬を薬局が作るようになって、日本中の薬局が様替わりした。別にそれを目指しているわけでもない僕の薬局でさえ、避けては通れない。  娘が帰ってきて、彼女も毎日13~14時間くらいは仕事をしている。以前勤めていた大きな調剤薬局よりしんどいと言っている。患者さんが少なくて、心優しい人ばかりが来てくれる田舎の薬局の方がしんどいと言うから、帰らせたことをすまないと思っているが、そのことに関しては不満はないみたいだ。ただ、1日中病院の薬を作ったり、漢方薬を作ったり、あるいは簡単な軽治療をしなければならないので、勉強をする時間がないと言っている。ああ、それから今日から僕の代わりにホームページに文章を書くと言っていた。どのような文章を書くのか僕は読まないようにするから分からないが、おそらくそのことにも時間をかなり取られるだろう。それでも知識欲は十分あるのだろう、僕が応対した後、メモを取っているから。ただ、職人のように技を伝えることは出来るが、やはり本を読まなければならない。その時間はほとんどないだろう。 なんとか1日でも早く僕の知識を伝えたいので、時間を作り出す方法はないかと考えたすえ、薬局をよりIT化することにした。今でさえ不釣合いなほどの自動分包器なるものを設置しているのに、今度は同時に2台のパソコンに支配される色々な機能がついた調剤環境を整えることにした。早くと安全が高度の情報で担保されることになる。経験などが入りこむ余地はほとんどない。ミスも圧倒的に減るだろう。  若いスタッフが3人で機械の設置と指導にやって来た。設置の男性達、実技指導の女性、3人とも大変若い。20代前半だ。売りこみの時点からの人達だが、あの若さで結局2年前の分包器を含めて小さな家が建つくらいの商売をした。なんともすがすがしい青年たちだが、昔みたいに肩書だけを持った人が出てくる余地など全くなくて、コンピューターに精通した若者がいればそれで簡単に商談は成立するのだ。彼らを見ていて僕が薬を送っている若者たちのことを考えた。活躍の場って社会にはきっとある。社会に出て、なにでもいいから挑戦して欲しい。そのうち、居場所はきっと見つかる。部屋の中から眺めていても居場所は決して見つからない。現場に出て欲しいと。  女性スタッフにコンピューターの使い方を教わったが、10分で諦めた。ついていけなかった。その後数時間娘だけが使い方を習った。その間、調剤室で薬を作っていたが、余りのギャップに、もう引退し様かと考えた。漢方薬のように経験だけが全てのような場所ならまだ居場所はあるが、処方箋調剤に居場所はない。若さとハイテクに古い薬剤師は太刀打ちできない。経営者として経済にだけ関心があるのならやっていけるだろうが、それがなければ意欲は維持できない。日本中で活躍しているのは若い薬剤師達だ。時代に押し出されるように退場を余儀なくされる古い薬剤師が続出している。僕も辛うじて漢方と言う土俵の上に残っているが、押し出される前に引退を自分で決めないといけない日が来る。早く決心して、俳優か歌手にでもなろうか。それともテレビに出まくった後政界に進出し悪の限りをつくそうか。