仲秋の名月の夜、月は影を作っていた。月明かりで物の影が出来ていた。本来は自分が太陽の影のような存在なのに、その夜は輝いていた。時と場所と状況を与えられれば、誰だって輝くことが出来る。まさに一隅を照らすことは誰にだって出来る。大きなことを企てる必要はない。自分が持っている小さな力を、ほんの少し他者のために使えばいい。小さな人間の小さな志しを持続すればいい。そうすれば、長い人生で人並みの善は積み重ねられる。  この仕事をしていて幸運なことがある。それはとてつもなくすがすがしい人との接点がもてることだ。青年にも、壮年にも、老人の中にもいる。そう言った人との会話から得られる感慨は、どんな薬よりも、傷んだ精神や肉体を数段修復してくれる。電話でしか話したことがない人も多く、どんな顔をしているのか分からないけれど、病んでいるはずなのに元気な声をし、陽気な笑い声をあげ、真剣に訴えて来る人がいる。そのたびに大袈裟かもしれないが、この国の将来に微かな望みをたくすことが出来る。  健康で貪欲で自己主張ばっかりの低俗な人間が大量生産されているのを毎日見せつけられると、台風で倒された稲にさえ、もう起き上がらなくても良いのだよと言いたくなる。