盗難

 ちょっと慌てて、けっこう慌てた。  日曜日の夕方、薬剤師会の代議委員会に出席した後、市営駐車場に車を取りに行った。昼過ぎに車を止めてから3Fと書いてあるフロアの階段を降りたのをはっきり記憶していたから、3Fの案内板があるフロアで階段から出た。階段を出ると右に少し行けば駐車した場所だ。ところがあるべき場所に車がない。当然視界に入るべきものがないのは、不意打ちを食らったようで足許を救われたような感じだった。でも、階を勘違いしたのかと思い、3Fを横目でにらみながら1階降りてみた。ところがそこにもなかった。.駐車した階のイメージとも明らかに違っていた。ちょっとその時点で慌てた。もう一度確信がある3Fに戻った。その頃はもう駆け足に近かったかもしれない。3Fにはやはりなかった。これは盗まれたなと、その時点ではじめて思った。車の中に個人情報が残されているかすぐに考えた。悪用されるようなものはないかすぐに考えた。まず、管理人に言おうか、警察に言おうか迷った。念のため、いやいやそんな事は絶対ないと思いながらも、1階から屋上まで探してみることにした。しかし、13年も乗っている僕の車を盗む必要はないだろろうとその頃から不満が持ち上がってきた。どうせ来月車検だから 廃車にしようなどと短時間に諦めもつきそうだった。どう言う手口で車のドアを開けれたのだろうと興味があった。警察でのわずらわしさや、帰りは電車かなどと色々な考えが持ちあがってくる。  この上は屋上だから有り得ない。空を見てはいないからと、屋上には上がらなかった。しかし、屋上が見える階段から一応出てみることにした。頭上には4Fの案内板があった。やはりここにはきていないと思いながらもなんとなく未練があった。期待して、いやもうその時点で盗まれたのはほとんど確信していたから勘違いでないと言うのを警察で説明するためにだけ、階段から出てみた。すると僕の車があった。  正直、ほっとした。ボロ車がおしいのではなく、まず犯罪に使われずにすんだこと、盗難手続きなどの煩雑さから開放されたことが嬉しかった。おそらく10分にも満たない時間の出来事だったが、段々現実をつきつけられて、混乱しそうになる自分を経験した。  盗まれて惜しいようなものは持たないのがいい。形あるものは盗まれるが、形のないもの、見えないものは盗まれない。