特別養護老人ホーム

僕の薬局は、町内にある特別養護老人ホームの入居者の為の薬を作っている。100人くらいの入居者がいるから大きな施設なのかもしれない。お付き合いが始まって十年以上経つのかもしれないが、僕は一度も介護の現場を見た事がなかった。今日初めて現場を見せてもらった。診察する医師について各部屋をたずね、又ロビーでくつろぐ老人達を診察する様子も見せていただいた。限られた時間で多くの方を診察するのだから、大変だろうなと思っていたが、手慣れた様子で次から次へと、診察して回った。医師は、処方箋で名前だけしか知らない僕に、なにの病気を抱えているか一人一人教えてくれた。そこで初めて、入居者の顔と名前と薬がつながった。今まで100人の方は、僕にとっては単なる無機質な者だった。ところが一度会ったら、体温のある生きた人達だった。その中の2人が僕を覚えていてくれて、少しだけ話をすることが出来た。多くの方が、無表情だったが、その二人は嘗て僕のところに漢方薬を取りに来てくれていた頃そのままだった。少なくとも知能の障害で入居できたのではないことは明らかだった。  入居者のゆっくりとした時間の流れ、いや、あたかも止まったままの時間に比べ、介護するスタッフや看護師のきびきびとした動きには驚いた。まるで戦場のように動き回っていた。報酬の面はよく知らないが、まるで経済がスタッフをあわただしく駈けずり回しているかのように見えた。ただ、スタッフの入居者に対する笑顔は嘘には見えなかった。  もっと早く僕は訪れているべきだと思った。医師や看護師やスタッフがものめずらしい僕にとても親切にしてくれた。「僕に出来ることは何ですか」何人かの人に尋ねてみた。皆さんその問いに笑っていただけだった。その答えは自分で見つけなければならないのだと思った。そんなにいつも答えをもらえるものではない。人生も同じだ。答えのある問など問う必要もないのかもしれない。答えを見つけられないから、もがき苦しみ成長するのかもしれない。苦しい時だけ成長しているのだろう。落ちる時は苦しくとも何ともないから。