問診

 僕はいつも通り応対しただけなのだが、えらい感動してくれた。
 初めてこられた方だが、名前は牛窓によくある苗字だし、住所も牛窓だから、都会に出ていた人が引退して帰ってきた、そんなところだろう。なんとなくかつて社会で活躍していたような雰囲気を残しているし、好奇心が強そうだった。ただ残念ながら、年相応の老化現象で苦しんでいる。苦しんでいるのは症状と、。医療機関で相手にしてもらえないことの両方だ。
 僕は問診で苦痛が手に取るようにわかったが、医院では、何年も通っているがそのような問診は受けたこともないし、症状についての説明もなかったそうだ。おまけに飲み続けている薬が効かないからしびれを切らして相談に来たのだろう。
 最初は遠巻きに苦痛を訴えていたが、僕はそれは一番治したいものではないと感じて、ある症状を単刀直入に尋ねてみた。するとそれがあたっていて、そこから一気に表情が崩れ、和やかなひと時に変わった。僕は所詮薬剤師だから、難しい話は出来ないし、検査などできもしない。ただお役に立ちたいと言う気持ちと、保険ではなく現金をいただく仕事だから、どうしても効果を感じてほしいと思っている。そうしないと申し訳ないのだ。だから薬を選択するための条件を整えるために、患者さんに40年間症状を聞きまくっている。それが問診力になったのだと思うが、自分では能力だとは思っていない。ただこの患者さんのように、そのことを高く評価してくれる人が時々いて、褒めてくれたり感動してくれたりする。
 僕より一回り以上年上の男性は、診察時、パソコンに向かって顔も見てくれない医師に恨み節を言っていたが、僕ら薬剤師は会話をしない限り情報は集められない。男性は僕の言葉がはっきりしていて、症状も分かりやすいから、話している内容を文字起こしして、書物にして下さいと言った。粟おこしならわかるが、文字起こしは理解不能。学問にも何にも裏付けされていなくて、単なる経験が文字などになれるわけがない。
 都会の洗練されたお世辞かもしれないが、長寿社会を耐えながら、我慢しながら生きながらえる人々にほんの一瞬でしかないが、慰めを与えられたらと思う。あの老人は、10数年後の僕自身なのだから。

 

https://www.youtube.com/watch?v=QDJU3uuJEh4