海水

 ある砂浜で、小さな男の子が、穴を掘った。男の子はバケツで汲んだ海水を穴に移していた。何度も何度も往復して水を運んだ。ある人が男の子に尋ねた。「何をしているの」男の子は答えて言った。「海の水を全部この穴に移そうとしているの」  大人ならだれでもこの不条理を理解できる。だが子供には分からない。僕らの世界にもこれと同じようなことは一杯ある。自分では合理的な行動でも、真実から見たらとんでもなく的が外れていたりする。僕らが正しく判断出来ることなど知れている。せいぜい身の回りのことか、職業的なものか、特別興味をそそられたものくらいしかない。問題は信じることの出来る能力だ。全てを超越した真理があればどれだけ救われるだろう。それがなくても圧倒的な力の差を見せつけられ、それが善意に立脚しているものなら救われ導かれる。  今日もこの国のあちらこちらで、バケツで海水を運んでいる人達がいる。しかし、ふと立ち止まり声をかけてくれる人がきっと現れる。心の門さえ開いていれば。