あの頃

 もう戻りたいとは思わない。もうニ度と、1日数時間パチンコの台の前で、有線放送から流れる難聴になりそうな歌謡曲の洪水を浴びたくない。たった、200円のコーヒー1杯で、数杯の水をお代わりし、数時間も文庫本を読むような迷惑はかけたくない。米に塩をかけて食い、お尻から血を流したくない。空腹を満たす為にインスタントコーヒーをがぶ飲みし、朝からゲエゲエ吐きそうになりたくない。何でも出来るようなおごりが、なにも出来ない不安と同居していた。夢が無かったから、絶望も大したこことはなかった。膨大な時間をどう食いつぶすかだけ考えていた。卑屈な思考は鉄扉に跳ね返され、都合のよい解釈で、肯定を否定することばかりに費やされていた。寡黙はいつか臨海に達し、後悔と攻撃がきわどい緊張を保っていた。もう二度とあの頃に戻りたいとは思わない。