痛み

 僕自身が頚椎ヘルニアだし、何人かの治験例を持っているから、彼もきっとよい効果が出るだろうと煎じ薬を作った。まず手始めにと思い1週間分渡したのだが、効果は全く現れなかった。かなり強い痛み止めを又延々と飲まなければならないのかと僕も思ったし、彼自身も思ったに違いない。なんとなく1週間で結論を出すことにお互いが不自然さを感じたのか、彼は腰を挙げようとせず色々なことを話してくれた。話を聞いて驚いた。彼は毎日職場で20数キログラムのものを700個くらい持つそうだ。具体的には分からないが、機械ではなく人の手でやる仕事だそうだ。見るからにガッチリしている彼でも、さすがに毎日、それも何年もそんなことを繰り返していたら、腰など終わってしまう。いや、終わってしまったのだ。同じような人がいるだろうと尋ねたら、彼の職場にはやはりヘルニアの人が何人かいて、手術を2回した人もいるらしい。勿論1回の人もいるが今でもやはり全員が腰が痛いらしい。ロボットでもあるまいし、鋼鉄の腰ならいざ知らず、人間の椎骨がそんなに強靭には思えない。  治るわけがないねと言いながら、やはり痛みが軽減されなければ彼の日常は痛みに翻弄される。寝ると痛みが増すから、起きておきたいと言っていた。最近痛み止めをよくとりに来たから彼の病気が分かったが、分かったからにはやはりなんとか奇跡を起こしてみたい。彼はもう一度挑戦すると言って又1週間分煎じ薬を持って帰った。  街に住むおエライ方、貴方が雇ってくれ、働かしてくれている人間は、ロボットにも取って代わられず、綿のような腰で、鋼に要求される負荷をかけられているのだ。田舎にはそんなに働き口はない。運良く家から近いところでしっかりした企業ならしがみつくのは当然だ。たとえ自分の体を壊してまでも。毎日痛みで眠れない日が続いても。家族を飢えさす訳にはいかないのだ。皆が知り合いだからホームレスにもなれず、根っからの善人だから犯罪者にもなれない。街に住むおエライ方、貴方の財産は、痛み止めで胃の粘膜がずたずたになった男達が作ってくれたものだ。痛くても痛くても荷物を運ぶ男達の作ってくれたものだ。  街に住むおエライ先生方、2代目3代目の先生方、威勢のいいことを口に出すお坊ちゃまがた、貴方の救いの手を本当に待っているのは六本木ヒルズに住める人達ではなく、今日も痛み止めで神経を麻痺させながら荷物を運んでいる男たちなのだ。