「あの頃は、全員が敵だと思っていた」若い女性の患者さんが言った言葉だ。おそらくそうだったのだろうと思う。最初に来た時は、不信感の塊だった。しかし、一縷の望みを抱いて決死の覚悟でやってきたのだろう。  その彼女が旅行に行ってお土産を買ってきてくれた。僕が甘党で、洋菓子系だと言うことを知っているから、さすがに洋菓子を土産に選んでくれていた。とても集団行動が出来るようにはなかったし、外出もままならなかったのに、団体旅行にいって来た。旅行から帰って最初にやってきたとき「先生、完璧やった」と大きな声で言ってくれた。失っていた時間を少し戻せたようだった。  今夜が満月なのかどうか知らないが、月がとても明るくて僕の蔭が出来ていた。月は常に太陽に対比させられ、蔭の部分ばかりが強調されるが、こんなに明るいのかと驚いた。人は皆太陽になりたがるが、僕なら月でいい。自分の体から溢れ出るような生命力も活力も要らない。燃えるような自分を持て余すなんて真っ平だ。体も心も少し冷えているくらいがいい。体力も気力も、経済さえも程ほどがいい。器から溢れ出している理性なんて真っ平だ。澄みきった空気を相手に虫がなく。今だけの命を泣き声に託しながら。