波の音

 長靴を履き、傘をさして歩いてきた。意外と大きな雨だったので人には会わないと思い、中学校の入り江沿いの遊歩道を歩いてみた。1日中、人と接している仕事なので、仕事が終わってまで人に会いたくない。案の定誰も歩いている人はいなかった。入り江には沢山のプレジャーボートが繋がれていて、この種のレジャーの人気がよく分かる。日曜日の昼、この道を通ってもこんなに沢山の船を目撃しないから、(当然沖に出ている)人気ぶりがよく分かる。それとともに、経済的に恵まれている人達の多さに驚く。薄暗い街路灯を頼りに歩いていると、突然波の音に驚かされた。不意打ちを食らったみたいだった。何か動物に襲われるような気がした。思えば、こんなに海の近くに住んでいるのに長い間波の音など聞いたことがない。他の音がなにもない時間帯なのでことさら際立ったのかもしれないが、生き物のように感じた。満潮なのだろう、海面が高く、堤防の上に作られた遊歩道から見ると、海面よりむしろ住宅街の方が低く見えた。2年前の台風でこの住宅街は2階まで浸かった。排水ポンプが故障して、一気に池になった。家々の明かりが漏れてくる。忘れることでしか明日を迎えることは出来ないのだ。  中学校の校舎の一部にまだ電気がついていた。きっと先生がまだ仕事をしているのだろう。週休5日制のせいか、合理化のせいかしらないが、学校の先生はよく働いている。(働かされている)心も体も酷使している。がんじがらめの束縛の中で精一杯働いている。教える立場の人間の自由を縛って、子供たちに自立を説くのは難しい。巡り巡って監獄のような日常が誰の上にも降りかかって来そうと言うのに、堤防の下でプレジャ-ボートは惰眠をむさぼったままだ。