銀幕

薬局の仕事は閉じ込められた空間だ。しかし、訪ねてきてくれる人達が色々な情報や知識を運んでくれる。五十肩で今お世話している方は、黒い高級車に乗り、眉毛がなく、そりこみが自然に入り、肩を揺らして歩くので、誰もが避けてくれそうだ。雑踏でまっすぐ歩いても誰にもぶつからないだろう。  五十肩で4ヶ月苦しんでいたらしいが、僕の漢方薬2週間で5割程度回復した。そうしたら段々漢方薬を飲むのを忘れて、1週間分しか渡していないのに、18日目にやってきた。治って来ると皆こんなものだ。それはそれでかまわない。 彼の「早く鉄砲を撃ちたい」と言う希望がかなったみたいだ。最近又クレー射撃に通っているらしい。衝撃で撃つことが出来なかったらしいが、今は十分耐えられると言っていた。僕は射撃に対してなにの知識も持っていないが、今日とても面白いことを彼から教えてもらった。クレー射撃は、飛んでくる皿を狙い撃ちで落とす競技だが、実は玉は一発ではなく散弾銃なのだそうだ。僕は思わず噴出してしまった。「沢山玉が出るならどれか当るだろう」と言うと、「それが当らないんだ」と言う。的が動かないものならライフルでいいが、動くものはライフルなんかではとても当らないらしい。小さい頃からテレビや映画でインプットされていた映像とあまりにもかけ離れた夢のない話しに、笑いが止まらなかった。知らないということは、なんて幸せなのだろう。ワイアットアープもドクホリデーもビリーザキッドも所詮銀幕の中だ。自分の無知に支えられていたヒーローなのだ。  僕が「猟はしないの?」と尋ねると、「殺生はしたくないだろう」とニヒルに答えた。薬局を銀幕にしてどうするんだ。格好よすぎるだろう。僕は彼のようにヤクザな人間が好きだ。(ヤクザではない)理屈ばっかりのインテリより遥かに気持ちがいい。彼が最初僕の漢方薬を飲む時に「本当に副作用はないだろうな」と何回繰り返しただろう。この気の弱さがなんともいえない。