夜勤

 来日してもうすぐ1年が来ようとしているベトナム人が3人裏口からではなく、薬局から入ってきた。と言うことは体調不良で薬を求めに来たってことだ。夜勤組で毎日夜の11時から、朝の8時まで働いている。本来元気な人が選抜されているのでそれで問題が起こったことを10年以上目撃したことはない。むしろ夜勤は時間給が高いので皆率先してやりたがる。今まで脱落した人は、単なる不眠だったが一人しか知らない。神妙な顔で入ってきたから二人目かと思った。
 開口一番スマホを見せて「オトウサン コレアル?」と尋ねた。見るとクロレラの商品だった。彼女達は日本製品への信頼度が厚く、ネットで見つけてはそれを買いたがる。ベトナム語に変換されて大体のことは理解しているのだろうが、決定的な誤解からは開放されていない。それは「多くの健康食品なるものがオレオレ詐欺レベルのもので、健康などとは程遠いもの」と言うことだ。昔は健康食品と言うジャンルは、怪しげなところのものだったが、今は痔見ん党への政治献金が奏功しているのか、大企業までが大手を振って病める者や年寄りから詐欺を働いている。老化で病院でも治らない疾患をターゲットに、ありもしない効能もどきをうたって金を巻き上げる。今やそのターゲットは来日しているアジアの無知な人間だ。むさぼりとると表現していいようなことを平気でしているのが汚部の言う「美しい国」の鬼業だ。
 身振り手振りと、数少ない日本語の単語を駆使して「寝れない、食べれない、頭痛がする、下痢をする、楽しくない 」と言う不快症状を聞き出せた。こうして並べると、夜勤による自律神経失調症かと思う。そこで本人達はクロレラに行き着いたのかもしれないが、僕は訴える症状と目の前にいる本人の表情が結びつかなかった。そしていつからその症状が始まったのと尋ねると「キノウ」と答えた。
 これで僕はすぐに分かった。本人はかたくなに否定するが「夏風邪」だ。いわゆるノロウイルスだ。念のため、あたかも付き添いに見えた残りの二人に聞いてみると、一人が同じ症状だった。二人ともクロレラで治そうと思ったのだろう。倒れた時と吐いた時しか病院に行かない民族性だから気持ちは分かるが、日本鬼業の犠牲者にはしたくない。そこで「お父さんが薬を二日分作る」と言って納得させた。
 翌朝、いつものように僕が寮の草取りをしていると、ちょうど夜勤から帰りの3人に出くわした。僕を見つけるとすぐに一人の女性が「オトウサンノクスリ スゴイ」と言ってVサインをした。夕方にはほぼ全ての症状が消え夜勤に出かけたそうだ。来日して初めて会社を休んだことが悔しかったみたいだが、1日で回復したことを喜んでいた。若い人が家族を背負うベトナムでは、1日分の給料も大切なのだ。
 華やかなインターネット上のあくどい商品との戦いは、もう10年以上続いているが、少なくとも知り合ったベトナム人達には詐欺の被害には合わせたくない。