極端

 オレオレ詐欺ではないけれどまんまと騙された。
 朝会った時に、その晩寮に遊びに行くと言っていたのがまずかった。たっぷりと時間を与えてしまっていたのだ。
 日本語があまりできない女性が「ベトナムに帰る」と言った。それからたどたどしい日本語で数人がやはり帰らなければならないと言いながら、寂しそうな顔をする。そしてとどめが日本語がまあまあできる女性が加わって、コロナのせいで会社から帰国を命じられたと説明されたことだ。完全に信じた僕は、彼女たちの稼ぎが道半ば、いやいや来日して半年の人たちも多いから、道半ばどころか貯金もできなかった不憫さを慰めようといろいろな企画を持ち出したところで種明かしをされた。みんながそれぞれの役割をもって集団でだましにかかられると、僕も全く疑うことはできなかったz。
 コロナの話になったところで、ベトナムの感染者がとても少なくて、亡くなっている人がいないことを僕が褒めた。すると、身振り手振りで医者の力があると自慢そうだった「日本より上手」と言っていた。そしてある女性がスマフォの変換機能を使ってベトナムで一人も死んでいない理由を教えてくれた。画面に出ていた変換された日本語は「党と国家のおかげ」だった。
 若い女性が、ある成果を党と国家のおかげなどと言ってしまう、その洗脳ぶりに驚きもしたし怖くもなった。素朴さをかなり忘れてしまった感のある現代のベトナム人自由主義をあたかも享受しているような錯覚に陥っていたが、共産党独裁国家であることを思い出さされた。遠く離れた日本でも政府のことを悪く言うときに声をひそめてしまうのは、染みついた恐怖があるのだろう。
 僕をいっぱい笑わせてくれた壮大なオレオレ詐欺の喜劇と、抜けきれない支配の両極端を見せてもらった夜だった。