心残り

 僕がまだ若い頃、牛窓と接している街に個人立の総合病院が出来た。ある老舗の商店の息子さんだということで評判だった。ねたみもあったのだろうか当分いい噂は聞かなかった。ところが歳月とともに病院は発展し、逆に悪い話を聞かなくなった。ねたみは同列のもの同志で生じるのだろうか、圧倒的な差ができると私情を越えた評価をし始めるのだろう。僕の薬局を利用する人達の中でもそこの患者さんになっている人は多い。資金力があるのか、医師をよくそろえ、先端の高額な医療機器も導入している。
 今日、患者の一人である女性が皮膚病の薬を取りに来た。その時にその病院の創業者が亡くなったと教えてくれた。教えてもらっても僕とは関係ないから軽く返事をしただけだったが、「お医者さんでも死ぬんだ~」と感慨深そうに彼女が言った。1代で大病院にし、先端技術を標榜し、そのリーダーであり続けた医師に診てもらったことがあるのかどうかしらないが、ほとんど神聖化しているのか。あれだけの人物だったらどんな病気でも克服してずっと元気でいてくれると思っていたのだろうか。夢を壊して悪い短いけど僕は「医者だったら病気しないんだったら、皆医者になるわ」と言った。
 実際には医者の寿命は意外と短いのではなかったかな。もう随分前のことだが、いつかそんなデータを見たことがある。患者のことを思い犠牲的精神で臨むせいか、贅沢三昧をするせいかしらないが、意外に思ったことがある。今日話題に上った医師もどちらかしらないが、あれだけ大きな病院を残して逝くのはさぞかし心残りだっただろう。
 僕ら凡人は、持たない方がいい。未練など残らないほど身軽がいい。出来れば少しだけ不幸がいい。逝くのが希望なくらいがいい。