普段着

 そのさりげなさがにくい。  以前にも書いたが、機械が壊れるほどストレスを感じるものはない。ありふれた表現だが実際にはもっともっと大きなストレスはある。ただこう書き始めないと話がダイナミックに進まないから、小さなネタに限って大袈裟な書き方をさせてもらう。  僕にとって一番困る機械の故障は分包機。毎日漢方薬を何時間も作り続けるから、この機械が故障でもしたものなら、仕事のかなりの部分が止まってしまう。薬を取りに来てくれる人に肝心の薬を渡せないなんて、申し訳ないのもこの上ない。薬は今日から必要と言うものも多いから、悠長には構えられない。あの焦りはあまり経験したくない。ただ、皮肉なことに、漢方薬の分包は、湿気を吸いやすいという漢方薬の特徴から、機械は古いほうがいい。漢方薬の粉が舞い散り、新しい機械ならすぐに壊れてしまう。だから予備に機械をもう1台待機させておけばいいと思うが、なかなか掘り出し物がない。最近の中古機器だと「新しすぎる」のだ。  今回の不具合はスタートスイッチが入らないというものだった。力任せに何度か挑戦したら偶然スタートしたから、実際に作れなかった人はいないのだが、2日間同じことが起こったのでこれはまずいと思ってメーカーに来てもらった。メーカーの人はとても腰が低い人で、いや低すぎる人でこちらが恐縮してしまうのだが、到着するや否やすぐ作業に取り掛かってくれた。10分もしたら直ったみたいで、確認のために使ってみてくださいといわれた。そしてその時に「破り目が旨くできていなかったので調節しておきました」とさりげなく言われた。  実は最近、ミシン目が旨く入らなくてはさみを使ったりしていたのだが、そしてそれは不具合と言うより、古いから当たり前くらいの認識しかなかった。修理が終わって、彼自身も動くかどうかテストしたときに見つけてくれたのだろう。ことさら手柄にするような言い方ではなく、さりげなく教えてくれた。人はこうありたいと思える瞬間だった。英語で言うとクールとでも言うのだろうか、とても格好良かった。  日常の風景の中に、文学作品や映画などにも負けない感動的なシーンはあるものだ。それを見つけることができる感性をこちらが持ち合わせていないのか、或いは、そうしたシーンが実際には少ないのかよく分からないが、スターは普段着で町を歩いている。