実践

 今日、久しぶりに会った僕と同年配の方に、ちょっと興味があったので「毎日何をして過ごしているの?」と尋ねてみた。するとその方は最近とんと耳にしない言葉で近況を教えてくれた。「貧乏暇なしで、毎日することがいっぱいで大変」
 もう何年も、僕の身の回りでこの言葉を使われた記憶はない。テレビなどで耳にした記憶もほとんどない。妙にこの言葉が印象に残って、半日前に耳にしたのにこの時間まで頭の中にある。
 その言葉が使われる環境がなくなったのだろうか。貧乏がなくなったわけではない。むしろ増えていると思う。極端な貧乏は分からないが、貧乏に落ちていく人は増えている印象がある。それでは貧乏な人は暇がないのだろうか。僕は逆だと思う。その言葉ができたのがどの時代か分からないが、当時はお金がない人はいろんな仕事を掛け持ちして働いていたのだろう。ところが現代ではどうだろう。確かに掛け持ちしている人はいるけれど、貧乏な人が忙しく駆けずり回っているだろうか。むしろ僕はお金持ちこそ、忙しくて駆けずり回っているように思う。貧乏な人は駆けずり回らなければならないほど活躍の場がないから、むしろ動き回らないのだと思う。家の中か公園のベンチで時間がひたすら過ぎ去ってくれるのを待っているのではないかと思う。
 その方はビルのオーナーだから「金持ち暇なしではないの!」と切り返すと、逆にその方が僕に一日何をしているのと聞き返してきた。そこで僕はありのまま答えた。「世のため人のために働いているよ」
 大きな声で笑いながらその方は帰っていったが、「できるだけ長く働け」と言う、最近とみに経済学者や医者が言い出したことを二人とも実践している。