男前

 40年位前に言って貰えれば嬉しいが、この歳になったら嬉しくもなんともない。その女性も褒めるつもりで言ったのではなく、むしろその後のほうの言葉が大切なのではないかと思う。「黙っていれば男前なのに、喋らないでいたら!」だって。
 ただし、僕が喋らないわけにはいかない。最初は聞く事が確かに主になるが、この女性のようにもう数年も漢方薬を作っている人はもう、よその町の人でも心は近所のおばちゃんだ。何でも喋る。むしろ病気や体調以外のことが圧倒的に多い。ましてすこぶるお役に立てれている人に何をいまさらもったいぶって話す必要があるだろう。だから自ずとつまらない、いやつまる面白い話にばかりなる。僕が真面目くさって、ああだこうだと薬剤師ぶれば、世間の自称カリスマ薬局と同じで1か月分6万円くらいの薬代をぼったくることになる。僕には見るからに品も権威も教養もないのがいいのだ。
 田舎の薬局は、家賃ゼロ、従業員の給料ゼロ、魚は海で釣って、野菜は畑で盗んで、いやいや、お百姓さんに頂いて、自給自足だから、あの程度の値段(1日分がワンコイン)で漢方薬を作れる。たけど、この女性は東京の人だから、そして一目見て垢抜けているのが分かるくらいだから、僕も少しおしゃれな要素を会話にいれなければならない。ただ口を開くとつい「あそこの角で車がどしゃげてめげたから、きょうていよ、気をつけにゃあおえんよ」などと言ってしまう。