本場

 2度、国分寺ホールは訪ねた事があるから、昼食はホールから徒歩数分のうどん屋さんでとるつもりにしていた。ところが行ってみると建物は残っていたが、中はがらんどうで廃業していた。うどん県と言われる香川県でも、うどん屋さんがやめて中華料理の店になったりするのを時々経験するから、そこのお店も買収されたのかもしれない。すぐ隣に全国チェーンのコーヒーのお店ができていた。全国的な不景気のあおりを食らっているのか、香川県の人がうどん離れを起こしているのか分からないが、予定していたので面食らった。途方にくれて通行人にでも尋ねてみようと思っていたら、一緒に行ったベトナム人がスマフォで近隣のうどん屋さんを探してくれた。そんなに時間はかかっていないと思う。わずか数分で探し出し、画面を覗くとそこまでの道筋をまるでカーナビのように提示してくれていた。なんて便利なものがあるのだろうと思ったし、異国の地で見事に使いこなす後進国の人たちの実力に恐れ入った。
 カーナビに誘導されてたどり着いたうどん屋さんは、ちょうど店の前にいた男性に「やってますか?」と尋ねなければ入れそうにない店構えだった。実際に入ってみると机は2つ、おのおのに椅子が6つあるだけだ。人気はなく年配の女性が一人いただけだ。用意された揚げ物は種類が少なく、見るからに揚げてから時間がたっていそうだった。今まで何回も香川県でうどんを食べているが、規模や客の入りなどで圧倒的に劣っている。ただ、予定していたお店がつぶれているので背に腹は変えれない。硬い揚げ物とうどんをそれぞれが食べることになった。ところが僕より先に食べ始めたベトナム人が口をそろえて美味しいと言った。狭い店だから厨房にいてもすぐそこにいるようだし、実際手の届くあたりから覗いている。僕はベトナム人たちのリップサービスかと思っていたが、実際に口にしてみて美味しかった。ひょっとしたら、今まで口にしたうどん屋さんの中で一番美味しいうどんだったかもしれない。店構えで判断すると劣るところばかりが目に付いたが、老店主が守ってきた本来の讃岐うどんの味に忠実なのかもしれないと思った。必ずしも華やかな最新の店が勝るとは限らない。僕の仕事に置き変えて考えてみても、必ずしも最新の薬局が優れているとは限らないのと同じだ。
 狭い店で他に客もいないので、ベトナム人とおばあさんは大いに意気投合して楽しい時間を過ごした。やむにやまれず入ったお店で、本場のうどんを味わえたし、楽しい時間も過ごせた。いつか又和太鼓のコンサートで国分寺を訪ねなければならないときには、迷わずそのお店を訪ねる。