なんとも言えぬ美しさだった。砂が光って、どう見ても牛窓の海ではなかった。すると遠くから「帰って来い」と言う声が聞こえた。折角綺麗な砂浜を見ていたのに呼ばれたから帰って来た。目が覚めると寒いのに布団から出ていた。夜が明けるのを待って、弟に電話をして来て貰いそのまま病院に運ばれた。  僕の体験ではない。処方箋を持ってきた男性が、薬が出来るまでの時間僕に教えてくれた。本人の体験でもない。この逸話を教えてくれた男性は、ある商売をしている人で、綺麗な砂浜を見た老人が退院した日に偶然家を訪ねたらしい。そこで聞いた話だ。その老人は、同じ経験を1ヶ月前にもしている。だから「2回は行けんかったけど、3回目はたぶん戻ってこないと思う」と言ったらしい。案の定つい最近老人は予言どおり亡くなったらしい。  「ワシは(私は)死ぬときは綺麗なお花畑が見えるという話は何回か聞いたことがあるけれど、綺麗な砂浜が見えたという話は初めてじゃあ。やっぱり、牛窓の人間は違うんかなあ、あの人は海のそばじゃからなあ」と納得気味に話してくれるが、僕も1度店頭で倒れたおじいさんが、やはり美しい花を見たと後日言っていて、同じように呼び止められたから帰って来たと言ったのを覚えている。呼びかけたのは僕だったのだが、皆さん結構同じような経験をしている。海辺の人だから砂浜だったらしいが、これがアルプスの人だったら高い山が見えるのだろうか。北海道だったら草原が見えるのだろうか。それでは東京だったら何が見えるのだろう。  綺麗な花畑、綺麗な砂浜、人間は最後の最後まで神様に守られているのだろうか。最後にそんな綺麗なものが用意されているとしたら帰ってくる必要はないのかもしれない。