融通

自分の口から出た言葉に納得した。今まで自分で感じていたことと全く逆の言葉が出たのだが、僕の嗜好をよく表している。  「僕は食べ物に関して融通が利かない」と妻に何気なく話したのだが、妻は0点何秒の速さで「そうじゃ」と返してきた。疑いの余地がなかったのだろう。ただ、僕は自分では色々な分野で融通が効くと自認していた。大まかなところや不精なところが多く、人生を変化球中心に組み立てていると思っていた。  ところがこの10年くらい、フィリピン料理やベトナム料理を食べざるを得ない状況に陥ったことが何度もある。優柔不断で、その上いやしい僕のことだから何でも食べられると思っていたが、豈図らんや、食べられないのだ。無理をして愛想で当初食べていたが、むかむかして本当は箸もつけたくないくらいだ。折角作ってくれるものを美味しく食べられないのだから、もったいないから最近は断ることにしている。そして嗜好以上に気になることは、どうして平均寿命世界一の国の人間が、わずか50歳代で亡くなる国の料理を食べなければならないのだってことだ。向こうがこちらの食べ物を食べて長生きするのなら分かるが、こちらが向こうのものを食べて早死にするのだったら意味がない。まずいに早死にでは2重苦だ。  「食べ物に関して・・・」と言った後、僕はあることに気がついた。僕はひょっとしたら食べ物だけでなく、ありとあらゆることに頑固なのではないかと思ったのだ。学生時代を自由に破壊的に暮らしたから、そのまま生きてきたように思ったが、実はそうではなく、あの頃つかんだ価値観を頑なに守っているのではないかと思ったのだ。金を使えず、物も持てず、強いものを見れば反抗し、落ちこぼれ同士で傷口を舐めあったあの頃と、何も変わっていないのではと思ったのだ。金は使わず、物は持たず、強いものを見れば皮肉の一つでもいい、落ちこぼれた人には笑って欲しい。ほとんど当時と変わっていないのだ。だから僕は大人になっても恥ずかしいくらいぶれてはいないのだ。ほぼ自分の価値観に沿って暮らせている。自由っていいものだ。