思う壺

 「親父が脚立に上って木の剪定をして困る。落ちて怪我をしても知らんぞと言っているんです」と、僕より数歳は上に見える男性が、あきれたように言うが、それは違う。5月の頭には「一日中痛い痛いと言っているのに、病院に行っても先生は相手にしてくれんから、親父がぼけてきて何にもしないんです。1日中寝ているし、飯もちょっとしか食わんし」とその男性はそれこそ心配そうに言っていた。わずか2ヶ月でこれだけ評価が違う。奇跡的と評価してくれるが、それもまた違う。  息子がその男性の漢方薬の処方箋を発行し、患者さんが持ってきた。といっても本人は90歳を過ぎているから、息子さんが代理で持ってきた。おおむねいい処方だと思ったが、一工夫できるので息子に電話をかけ、ある生薬を足してもらった。それを飲んだ結果が「脚立に上る」だから、してやったりだ。これこそ漢方薬の力だろう。恐らく今までかかった医者たちは、老化だから仕方ないといってほとんど親身に接することはなかったのだと思う。息子が診察しているときに偶然やって来た患者らしいが、鍼を打ってあげて、漢方の処方箋もきったのだから、患者さんがすごく喜んだらしい。どうなってもいいと自暴自棄のような言葉を吐いて家族を困らせていたらしいが、以来前向きになって、次第に、いやあの年齢なら、見る見る元気になっていった。  「昨日まで元気、今日死ぬ」かの国の女性達が教えてくれた、かの国の人死に方をこの国の人も見習わなければならない。そのためには「今日元気」が必須の条件だ。  お年よりは、数ある病気を攻めるより、栄養失調を防ぎ、漢方薬で元気にしてあげたほうが生活の質は上がる。薬攻めでは製薬会社の思う壺だ。