夢幻の会

 年齢のせいか、職業のせいか、相手が普通の人なら簡単に声をかけれるようになった。普通の人とは、御法度の裏街道を歩く人や、その予備軍以外とイメージしてもらっていい。いわゆる理性が通じる人ってことだ。  昨日、丸亀で声をかけたのは、普通の人であって普通の人ではない。夢幻の会は、小学生から高校生くらいの子を中心に編成されている和太鼓集団なのだが、いわゆる「大人顔負け」ではない。大人と比べては失礼なくらい鍛錬され、自称、和太鼓お宅の僕の経験でも、アマチュア集団ではトップクラスだと思う。卑近な例で言えば、今活躍している女子中学生の卓球選手を思い浮かべてもらえればいい。決して彼女は子供の大会で活躍しているのではない。世界のランキング選手と戦っているのだ。既にれっきとした選手で、大人顔負けの選手ではない。  3時間かぶりつきで演奏を聴いた僕は、かの国の青年達を連れて会場を後にしようとしていた。すると丁度夢幻の会のメンバーが片づけをしているところに通りかかった。そしてまず目に入ったのが、さっきまでの舞台でとてもリズミカルに手拍子を演奏していた少女だ。あどけない、屈託のない、いや穢れないと言う表現が適するのか、とにかくその子の演奏にどれだけの観衆が拍手を送っただろう。僕もまた感動を与えてもらった一人だ。数メートル先にいたので、声をかけてみた。何年生か知りたかったのだ。すると4年生だと教えてくれた。同じく手拍子の同年代の少年と二人で、見る者の心を清めてくれたような気がした。すると僕と会話している様子に気がついたメインで演奏する少女が、少し聞こえづらいと思ったのか、4年生と言うのを僕にはっきりと教えてくれた。この少女、見かけは高校生くらいだが、ひょっとしたら中学生かもしれない。中学生だったら奇跡の中学生と呼んでもいいくらい上手だ。春先の丸亀市民会館でのコンサートで初めて夢幻の会の演奏を聴いたが、少年少女の演奏でこんなに完成されるのかと度肝を抜かれたのだが、中心を担う3人の少女の1人だ。他の少年や少女も並みの技術ではないが、この3人は恐らく日本中を探しても中高校生でトップクラスに入るのではないかと言うくらいそろって上手だ。その中の一人と話が出来たし、会話が聞こえたのかもう一人もこちらを見て挨拶をしてくれた。僕の話した内容は、とにかく感謝だ。こんなに素晴らしい演奏を聴かしてくれ、この国に希望をもつことをかろうじてつなぎとめてくれる若者への期待の多くを、和太鼓の演奏者から得ているのだから。日々の絶え間ない鍛錬、一糸乱れぬ集中力、礼儀正しさ、謙虚、日本人が捨ててしまったよい所を残してくれているように感じる。  別れ際に「あなた達は、プロになるべきだ」と大きな声で言うと、笑顔で答えてくれた。既にそれは射程距離内に入っているかもしれない。ホームページを見ると、あの素晴らしい「志多ら」から演奏の指導を受けているらしいから。志多らのメインの女性と1週間前にツーショットで写真を撮らせてもらったが、いずれ昨日会話した少女達とツーショットで写真に収まるようになるかもしれない。そのことが十分実現する素質を持った子供たちの集団が夢幻の会だ。