子猫

 猫とは縁がなかったので、いやごみ漁りの被害者としての縁はあるが、それは話しても分からない相手だから諦めて工夫でしのいでいるが、今の時代にこのようなことが行われているとは想像もしなかった。役所に言えば処分してくれるのかどうか分からないが、その筋と接点がないのでまるっきり分からない。  煎じ薬を作っている間、妻とその方の会話が聞こえてきた。猫を5匹飼っているらしい。と言うより野良猫に餌を与えているらしい。餌の種類や金額で盛り上がっていたが、子猫の処分についての話題が出るや否や妻のテンションが一気に下がった。  幼い頃何度も目にした光景が今だ見えぬところで行われていたのだ。幼心にやはりかなり強烈な印象を与えられたのだろう、今でも子猫達の表情まで思い出すことが出来る。海岸沿いに集落があるから、子猫の処分もやはり海だった。ネズミ捕りの中に入れられた子猫が数匹、海中に沈められるのだ。そしていくらかの時間がたった後引き上げられる。勿論毛が濡れて余計に小さくなった子猫たちが網の中に横たわっている。海中から小さな泡が上がってこなくなるのを大人達は目安にしていたようだ。今思い出すと哀れで仕方ないが、当時その哀れと言う感情の記憶は無い。海辺の町でのありふれた光景のように見ていたと思う。  その男性は似たような行為を営々と続けているらしい。不妊手術をしていない野良猫だから、生み放題だ。不妊手術が1匹2万円だから10万円を倹約しているらしい。「野良猫だからあほらしいが!」と言うのを責めることは出来ない。その彼が、最近いつものように海に捨てに行ったらしい。最近は海岸に捨てるらしいが、翌日どうなったか見に行ったところ、道路を挟んだ山の中で泣いていたらしいのだ。よく生き延びたものだと突然情が移って、家につれて帰ったらしい。一匹増えることは仕方ないが、命を救いたくなったのだろう。「かわいいから殺せないでしょう」と言う妻の本心は「殺さないで」に尽きるのだが立場上口にはできない。  50年も経てば色々なことが変化し、人の心も優しくなっているはずだが、そうではないらしい。すさんだ事件が報じられる頻度は増したような気もする。幼い猫を窒息させて殺すことはさすがにしなくなったのだろうが、窒息しそうな社会に甘んじている子猫のような人間が増えているような気がする。