日の目

 急に息子が漢方薬に興味を持ち始めた。長い間こうなることを望んでいたが、必要がなかったと見えてずっと無関心だったから僕自身は諦めていた。仕方ないから、勉強に来ている薬剤師になんとなく教えていたが、やはり他人と家族では教える僕の熱意が違う。より精度の高い知識を与えようと自然に力が入る。  昨日初めて、ある患者さんに処方したみたいで、調剤の依頼がFAXで入ってきた。簡単にどのような症状の患者さんか説明書きも添付されていたから、おおむね賛成できる処方で安心した。その夜食事をしながら、その患者さんについてのより詳しい情報をもらい、漢方的なアプローチの助言をした。高齢の方で、本人は勿論、家族も治療する側も諦め加減だったのだが、息子が何とかしようと行動したことがとても嬉しかったみたいで「よい先生に巡り合わせていただきました」とお礼を言われた。この3年間、もっぱら若い患者さんの世話が多かった息子が、急に老人ばかりの地域に転勤して、今までの武器が通用しないことを悟っての変身なのだろうが、それを享受していただける人たちの評価を聞かせてもらって、30年僕がせっせと集めた知識が無駄にならないと確信を持った。  と言うのは、法的な制限があって、医者でないとできない処方、薬局でないと出来ない組み合わせなどがあり、歯がゆい思いをしていた。僕の先生の先生は、有名なお医者さんで、医者だから出来る処方を使われ、僕の先生は有名な薬剤師だから、薬局だからこそ使える処方を教えてくださった。だから知識は二つあっても、片一方は使えなかったのだ。封印して、いつか日の目を見るかもしれないと淡い期待を抱いていたが、やっと集め続けたお医者さんならでの処方も患者さんに役に立つことが出来るようになった。  どのくらいの時間をかければ息子が、納得のいく処方を組み立てれるようになるのか分からないが、ふと僕の隠退が見えた。今まで決してそんなことは頭に浮かばなかったが、昨日ははっきり見えた。そしてそれもまたいいのではと肯定する自分が居た。