自立

 なんとなく見覚えがある。もうずいぶん長い間店頭にはやってきていないが、確かに見覚えがある。牛窓に帰ってきた当時は、全く役に立たなかったから配達要員だったが、その頃の記憶だろうか。それとも少しは役に立てれるようになって、相談に応じるようになった頃の記憶だろうか。よくはわからなかったが、処方箋を受け取りながら名前を確認した。名前も記憶にある。だがそれが何年前の記憶かは思い出せなかった。  薬の説明を始めると聞き取りにくそうだった。そこで得意の大声を出したが、それでも聞こえなかった。薬の説明が出来なければトラブルを未然に防ぐことが出来ないので、筆談にした。それもマジックを使い大きな字ではっきりと書いた。すると老人は納得したようで、お礼を言った。そして「すいませんなあ、100歳じゃから、耳が全然聞こえんのです」と言った。  「100歳?すごいではないですか!元気ですね。歩いてこられたの!」とやたら感激したが、僕の言葉は一切聞こえていないようだった。一人で買い物に来て、それなりに目的は完遂し、又歩いて帰っていく。どうしても母を基準に見てしまうので、その自立振りに驚き、ほとんど生身の作品のように感動してしまう。母より6歳年上で、母より劣っているのは聴力だけと見た。何十年前の面影を僕は今の表情に見つけたのだが、生命力の保証なしにそれは難しいと思う。僕が見たのはまだまだ人生を保証されているような人の表情だった。