昭和

 なんとなく物足りない。牛窓に帰ってきてから40年近く、毎日店頭で反射的に続けてきたことだから、それがないのは、合唱のない第九みたいなものだ。  エスエス製薬と言うところが提供してくれていたのだが、サービススタンプとでも言うのだろうか、兎のマークのスタンプを100円買い上げごとに1つ押していく。それが50個で台紙が1枚埋まる。そしてそれは金券代わりにもなるが、冊数によって結構魅力的な景品に変わる。  レジを打った後必ずその作業をする。もっとも、それがいらないと言う一見さんも多いが、地元の人が多かったから皆さん結構楽しみに集めてくれた。それがこの4月から廃止された。恐らく外資に吸収されたエスエス製薬が、新しい経営者に経費削減を強いられたのだろう。そこで生産性のない分野の筆頭として、ピョンチャン会を廃止したのだろう。なんとなく数年前に外資に吸収されたときに、今回のようなことは予想していたが、実際になくされると無慈悲に思える。と言うのはそもそも薬局なんてのは、明るい職場ではない。やってくるのは病気の人ばかりだし、こちらも病気っぽいし。そんな中で唯一ピョンチャンシールを集めるのは「楽しいこと」だったのだ。薬の相談や選択が済み、会計が済んでほっとしてから、病気とは関係ない楽しい時間に入る。ほんの1分くらいの作業だが、一気に解放されて皆さんが楽しい顔に戻るときだ。シャチハタの判子を手馴れたスピードで押すのも楽しかった。  ヤマト薬局もようやく昭和を卒業して、カードになった。恐怖の早押しの姿はなく、機会にカードを通すだけですむ。一つの風情が又薬局から消えた。昭和が又一つ消えた。残った昭和は、このやつれた僕だけだ。