僕がかの国の青年達と懇意にしているのを姉も知っていて、知人に、かの国の子供を里親として立派に育て上げた人がいると教えてくれた。もう成人らしいから、今のようにかの国の人を見るのが珍しくない時代ではなく、物凄く珍しい時代にやってきたと言うことになる。立派な方だよと姉は褒めていたが、僕も話を聞いていてそう思った。何か特別な理由で日本に来た子供かもしれない。  欧米では結構あるし、日本でも心優しい人たちが里親になって見ず知らずの子供を育てている話は良く聞くが、いわば全く関係のない世界、いや決して僕などにはできないから、遠い世界の話のような気がしていたが、かの国や、その以前のあの国の青年達との交流を通して、決して遠い世界の話でもなく、崇高で手の届かないような話でもないように感じ始めた。いつも彼らのことが気になる、そう言っても過言ではないくらい僕は今かの国の青年達のことが気になるし、日本に来た喜びを感じ、果実をつかんで声高らかに国に帰っていって欲しいと思っている。 今でこそ3階が息子に占領されたから僕の漢方薬を飲んでいる青年達を呼ぶことができないが、50人くらいがかつて泊まりに来、短い時間だが一つ屋根の下で過ごした。いわばミニ里親だった。妻は青年達が来るまでは気持ちがいつも重そうだったが、なぜか彼らが来るとハッスルし、結構即席の母親を上手く演じた。意外な特技だと常々感心している。  置き去りにされ苦しんでいる人たちが増えているはずなのに、そうした人たちに注意は払われない。驕れる人たちばかりが脚光を浴び、その人たちのために社会の富や機関は機能する。多くの見捨てられた人たちが、外洋を知らない養殖マグロのように、網に中を休むことなく泳ぎ続けている。皆の力を集めれば破ることができる網なのに。