微妙

 さすがに直訳は出来るだろうけれど、外国語ではこの微妙なニュアンスを伝えることが出来るのだろうかと思った。  妻が配達の途中に柴犬を連れて散歩しているある男性に会った。その男性は、以前僕がここに引っ越してくる前にやっていた薬局の隣の御主人で、電気屋さんを営んでいた。数年前に引退して今は悠々自適に暮らしているのだろう、人が働いている時間帯に散歩している。柴犬だからどの犬もかわいいのだろうが、大の犬好きの妻ならどの犬もかわいいだろう。そこで犬と目が合ったから「ハンサムなワンちゃんですね」と声をかけたらしい。するとその御主人が犬の方に向かって「ハンサムって言ってくれているが、礼を言わにゃあ」と声をかけたらしい。妻が帰宅してから教えてくれた。  その話を聞いて、心地よいがなんとなく違和感があった。普通なら「ありがとうございます」と男性が答えるべきところを、犬の口を借りて礼を言おうとしているのだ。もっとも犬に喋れるはずがないから礼など言えないのだが、「礼を言わにゃあ」と犬に語りかけたことで、妻に礼を言ったことになる。もともとシャイなご主人だから面と向かっては照れがあるのだろうが、こうした間接的な意思の伝え方は、日本人に特有なのだろうかと考えた。そしてこの微妙な心理を表現することが日本語以外でも出来るのだろうかと、素人なりに考えてみた。  ことさら自国をよく言うようなタイプではないから、他国に勝るものをあまり探したこともないが、やはり漢字、ひらがな、カタカナを使い分けることができる日本語は素晴らしいと、とみに最近思い始めた。そして外国の人が日本語は難しいとしばしば口に出すのを聞いていて、なんとなくその気になったりもしている。又、日本声を話すことが出来る外国人は頭がいいということも聞いたことがある。  自然に対しても人の気持ちに対しても、微妙な表現方法の違いを駆使して僕らは集団を作っている。美しい言葉を使い、自然を、人間を愛でたいと思う。