空想

 本来なら一笑に付すのだが、この女性が言うことだから信じないわけには行かない。そんなこともあるんだ、そんな人もいるんだと受け入れている。  本人が言うように、いつもならもっと早く治っている。1週間分を2回ほど飲んでもらえればほぼ解決してきた。ところが今回はすでに3回飲んでもらっているのになかなか改善しない。心からきている不調だと思って飲んでもらっていたが、ここまで改善しないと、僕のほうでも心ではなく本当に体が悪いのではないのかとかんぐってしまいそうになる。  初心に戻って病因を考えようと言うことになったが、家庭も職場も結構平穏だ。現代人のほとんどはその二つにストレスを感じているから、どちらかと言うと恵まれているほうだ。肩透かしみたいだから僕が首をひねっていると「ひょっとしたら・・・」となにやら気が付いたみたいだ。「私、以前、霊感が強いといっていたでしょう。最近色々なことが続くからそれが原因かもしれません。一昨日も広島で大きな災害があったでしょう。テレビで亡くなった方の名前や顔が出てくるともうだめです」と言った。「どうなるの?」と尋ねると「胸が苦しくなってくるんです。向こうがやってくるんです」と答えた。その時僕の顔がどのように変化したのかわからないが、その表情の変化を見定めてから話題を次に進めた。「倉敷で誘拐事件があったでしょう、私は必ず生きていると思った。亡くなっていたら迫ってくるものがあるから」そしてこれはもっとローカルな話題だが、行方不明で捜索されていた老人の結果もすぐ分かったらしい。  いつも笑顔が素敵な女性で、嘘やはったりを言う人ではない。治りたい本心で正直に教えてくれたのだ。彼女にしたって、他の方にしたって、僕の薬局ではかなりのところまで話してくれる。僕の治療成績を左右する大切なことを教えてくれる。  近所のおじいさんがなくなったとき、葬式の間、そのおじいさんが屋根の上からずっと式を見下ろしていたと言う話を以前聞いたことがある。彼女の不調を作り出しているのが、毎日のように世間で起こる不快な事件や事故だったら、その能力を逆手にとって世直しをしてもらえないかなどと思うのは、何も感じない鈍感な人間の身勝手な空想か。