連鎖

 「分からないかもしれないですけれど、東京に住んでいるときは頭の中で生きていたように思うんです」と言われても、やはり分からない。僕が首を傾げると、向こうは余計言葉を見つけるのが困難になって、顔に苦痛の表情が浮かんだ。苦しむほど上手く表現してもらわなくてもいいとそこでストップをかけてあげたかった。  結局彼女が言いたかったのは、牛窓に引っ越してきて、結構肉体労働もするようになって、自然と共生しているという実感が心地よいみたいだ。人も穏やかで親切で、人間関係自体も自然な感じらしい。  いつも作業着っぽい服装で来るから完全に肉体労働かと思ったら、会社のイベントの企画もやっているらしい。それは決して本職ではないらしいが、回を重ねる毎に企画も告知も上手になって、今では新しい風を確実に吹かしている。彼女が企画したことが縁で、食べ物屋さんが越してきて、近く店舗を牛窓にオープンするらしい。  「野菜なんか頂き物が多いし、家賃も安いから、生活には困りません」と明るく応えるその表情は、ほとんど牛窓の人間の表情をしている。見ず知らずの所に移ってきて不安はあったかもしれないが、暗黙の歓迎が同化の時間を短縮する。  彼女は3月に前島フェリーと共同であるイベントをする。フェリーの担当者をやたらいい人だと褒めていたが、都会に出たことがなく、未だ純粋な牛窓弁を話すシャイな男性を評価しているところを、僕こそ評価する。  ゆっくりではあるけれど、素朴の連鎖が始まっているように思う。自分だけの時計を持っている人達、自分だけの羅針盤を持っている人達が三々五々逃げてきて、何も強いられない生き方を模索し実践している。もう遅い僕が、彼ら彼女たちのために出来ることを見つけて、まだ遅くない僕になれたらと思う。