潔癖

 しげしげと眺めてみるが、これが嘗て憧れの、そして手が出なかったかの有名なコーヒーかと思った。 ビンの大きさは随分大きくなったような気がした。買ったことはないから仕送りの多いやつの部屋かスーパーの棚で見ただけだろう。僕ら仕送りない組の人間はネスカフェを飲んでいた。仕送り多い組はこのゴールドブレンドを飲んでいた。コーヒー一つで生活ぶりが分かるくらい、嘗ては選択肢が少なくて単純に色分けできた。そしてその色分けは大いに現実を反映していた。 美味しいエスプレッソを作る機械があるので、我が家のコーヒーには自信があるが、そればかりも結構飽いてきた。最近はかの国の女性が国から送ってきてくれたコーヒーをくれるので、そしてそれが結構美味しいのでそれにはまっている。その影響か、妻が今日瓶に入ったインスタントコーヒーを買ってきた。それがまさにゴールドブレンドだったのだ。昔はこれは高くて飲めなかったというと、妻も同じことを言っていた。それをこんなに簡単に買えるのは、あちらの値段が昔とあまり変わらずに、こちらの収入が嘗てよりは格段に伸びたからだろうか。確か900円と妻が言っていたから、恐らく30年前とあまり値段は変わっていないのではないかと思った。当時の僕なら4日分の食費に相当する額だったと思う。 時代と共にあらゆる製品で選択肢が増えたが、肝心のこちらの選択「視」は全く進歩しないからほとんど恩恵を受けていない。むしろ選択するための労力が煩わしくて、嘗ての迷わなくてすむ状態に郷愁を覚えたりする。何もかもが分相応だったから、選択ミスで身を持ち崩す確率も少なかった。今では金を払う前にものが手に入ったり、何十年かけて払ったりも出来るから、身の程をわきまえる機会が少ない。自分が借り物を纏っていることを忘れてしまう。  コーヒー一つでも決してあちらに足を踏み入れなかった潔癖な時代が懐かしい。